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薄っぺらな紹介状

次の病院に渡す紹介状をもらいました。

紹介状の中身は開けていないけれど、思ったより薄かったです。私の二年の闘病生活はこの薄っぺらな紙で収まってしまうのかと思うと、ちょっぴり切なくなりました。薬の内容とか、私が話したこととか全部が書かれているのかと思ったけれど、厚さからしてそうではないみたいです。

お世話になった病院の先生は、とても笑顔が素敵なのですが、患者さんの数が多いために毎回コンビニ診療といった感じで、思っていることや症状をすべて話せませんでした。

次の病院の先生にはしっかり話そうと決めています。
私の幻聴は音声として聞こえてこないけれど、本当に幻聴なのか?
それは私の考えだと思うが、おかしいことなのか?
たまに落ち込むことは誰にでもあることではないのか?
私はどうしたら働けるのか?
運転免許をとれるか?
...全部聞けたら、今後の希望が見えてくるかなと思います。


先生に聞いてみて病気じゃなかったら、就職の幅が広がるので嬉しいです。病気だったら、治療して、体力つけて、就労を目指してできることを頑張ろうと思います。


大丈夫だろうか、と不安でいっぱいです。


話は変わりますが、昨日、「今この環境は自分が選んだんじゃなくて、神が選んだもの」というキリスト教の説教が私の母校でされていた、と友達が教えてくれました。
その言葉にとても救われる気持ちがしました。私が病気を選んだんじゃない。仮に神様が私を病気にさせたとしたら、私は試練を与えられて試されているのかなと思いました。そうだとしたら、この試練を乗り越えたいです。


神様は私が人に優しくできるように、と病気を与えてくれたのでしょうか。そうだとしたら感謝しなければいけませんね。


いつもは神様なんていないと思っていました。
しかし、今年は何度も神様(神社の神様)に友達の試験が受かりますようにとお願いし、それがもうすぐ叶いそうであることを考えると、神様っているのかもしれないと思うようになりました。もちろん友達の努力の結果であることはよくわかっています。それでも、神様という存在が守ってくれていたのかもしれないから、私は神様に「皆を守ってくれてありがとうございます」と、感謝しようと思います。

キリスト教の神や神社の神を一緒くたにするのはよくないかもしれませんが、私はどこの宗教も信じていないので、とりあえず色んな神様に祈っておこうと思います。(笑)