はるかの日記

統合失調症の闘病日記。病気だけど明るく生きていく方法を模索中!

長期のお仕事を始めるまでのプロセス

お医者さんからなかなか仕事をする許可が下りず、当時付き合っていた人からも「きっと仕事できるようにはならない。家事すらできないのだから育児なんてできるはずない。」と呆れられていました。

 

今年中に仕事を始めるのを目標に治療をしていたのですが、当時の主治医が私を心配して、幻聴が少しでも聞こえていたら働くのは控えましょうという方針でした。働かないことそれ自体がストレスで、なくなっていく貯金に焦りを覚え、日に日に追い込まれていました。年金は滞納せざるを得ませんでした。幸いにも、当時付きあっていた人が食費、家賃などを賄ってくれていたので、なんとか生き延びることができました。感謝感謝です。

 

まだまだフリーターになったばかりですが、ここまで来るまで長かったので、働くことを目標にがんばっている皆さんの参考になればと思い、プロセスを記録として残しておきます。

 

まず、発病から2年ほど経った時、お医者さんから許可が出ていなかったのですが、社会との接点を持ちたくてボランティアをしていました。病気のことは一緒にボランティアする人に伝えていて、理解してくれました。差別したりすることなく、励ましてくれて、普通に接してくれたのが嬉しかったです。

 

その後、地元に戻ることになり、病院を変えるとすんなりと働く許可が出ました。働かないのが辛いと訴えたら、すぐに許可を出してくれました。自分で対処できているなら大丈夫だろうと太鼓判を押してくれました。

それから2回ほど派遣として働きました。

そこで働けて自信がついたので、体調の波はあったのですが、とりあえず好きなことをやってみようと思い立ちました。面接では病気なことを言わなかったので、クローズでアルバイトとして採用されました。

 

働いてみて、そんなに疲れる仕事ではないので、このまま続けられたら嬉しいです。給料はとても安いですが、お客さんと接するのでやりがいはあります。がんばっておもてなしの精神を学んで、思いやりのある人へと成長したいです。

 

自ら8連勤をして、3時間睡眠が2回続き、薬を飲み忘れたある日、幻聴がまた聞こえてきてしまいました。やはり睡眠は何より大事だと実感した次第でございます。幻聴も無視することができて、人のことを必要以上に気にしなくてもいいようになりました。

 

 

 

 

...すみません!

眠くなってしまったので、あとで続き書きます。(笑)

 

 

 

続きです。

 

お医者さんが働かせてくれないのなら、思い切って病院を変えるのもありです!

 

働けるようになったことで、やっと治療費と食費を稼げるようになりました。ここまで辛かった〜!他人の為に使うお金ならいいのですが、自分の為にお金を使うことには少し損をしたような気持ちに毎回なっていました。でも、きっと生活水準を上げてしまうと貯金できないから、しばらくがんばろう!

 

私にしばらくは仕事できないと言った人たちはどういう気持ちでいるんだろう。悔しくて悔しくて毎日泣いて、お寺に病気が良くなるようにお願いしに言っていた時のことが懐かしいです。あの時の自分に「大丈夫よ。状況はよくなるよ。」と言ってあげたい。来年の3月までに仕事をし運転免許をとらなければ、愛されなかった私に「私のペースで無理せず楽しんで進んでいこう」と言ってあげたいです。でも、きっと働けないだろうと言った人は、私のことはどうでもよくて、自分の人生に集中しているんでしょうね。それでいい、それでいい。私は今楽しい毎日を過ごしているのだから、これでいい。みんな幸せでよかった!

 

これからも無理せず楽しんで過ごして参ります。