はるかの日記

統合失調症の闘病日記。病気だけど明るく生きていく方法を模索中!

映画シックスセンスと統合失調症

私の旦那さんがいい映画やアニメを紹介することが多いので、その度に好きになってしまいます。

 

今回は映画『シックスセンス』でした。

 

統合失調症に関連する映画は、過去のトラウマを思い出してしまうので、本当に見るのが辛い時がありましたが、今回は感動する映画だと言われて、見ていました。

 

人間として扱われないことがどんなに自信を失くし、希望を失くすのか

映画の序盤で、それを思い出していました。

 

第六感は科学的に説明できることではないので、どうしても統合失調症にカテゴライズされ、周囲からもそう見られてしまいがちで、カミングアウトすれば生きにくくなってしまいます。

 

孤独な戦いで、恋人や家族でさえも、簡単には理解できないのかもしれません。

 

私自身も次々と身に起こる幻聴や幻覚を恐ろしく思ったり、悲しくなって布団にうずくまることもあったりしたものですから、おそらく自分自身のことを"変わった人" "人間ではない"と、思っていたのでしょう。

 

以下、ネタバレを少し含むので、読みたくない方はここで止めてくださいね!

 

 

 

映画に出てくる少年は、他の人に見えない幽霊が見えてしまうし、聴こえてしまうのですが、それは彼に使命があってのことでした。

 

理解のある精神科医と2人で過ごす中で、だんだんとこれは病気ではなく第六感なのだと気がつき、幽霊のための行動を起こすようになります。

 

 

 

幻聴や幻覚とは、科学的に解決できないことなのですが、私自身の幻聴や幻覚を振り返ってみると『あの時のメッセージはこういうことだったのか!』と、気がつくことがあります。

 

そして、それは恐らく特別な能力なのではなく、多くの人が持っている力なのかもしれない、と映画を見ながら考えました。

 

現代では精神科医に正直に話すと、精神科の常識と正義に則って、治療を開始しなければなりません。

 

私の場合、結局薬では幻聴の問題は解決出来なかったのですが、自分がどう対処するのかを身につけることは、日常生活を送るための力になりました。

 

具体的には、聞きたくない時は聞かないようにする感覚を養うこと。

 

 

人それぞれの病気の解決方法があり、ひょっとしたら患者さんの中には、病気ではなく第六感が強い人もいるかもしれません。

私も未だに、病気なのか第六感なのか....よくわからないことがあります。

 

結論としては、患者さんにとって、病気か第六感なのかは重要ではなくて、とにかく生きていくことが重要。

 

生きていくこと、とは

人と比べる以前に、自身について深く知り、困難なことが起きても、希望を持って生きていくこと。

 

生きていくために

投薬が解決してくれる人はそれでいいし

趣味が解決してくれる人はそれでいいし

家族や恋人の愛が解決してくれる人はそれでいいし

泣くことや話すことが解決してくれる人はそれでいいし

人それぞれの解決方法でいいのかもしれません。

 

そして、新しい人との交流や新しいことに取り組むことは必ず現状を変えることを促進してくれると、経験から思います!

 

映画シックスセンス

幻聴や幻覚の症状が強く出ているひとには、お勧めしませんが、もし冷静にみることができるひとがいたら、おすすめです。

私の人生の中でも、精神疾患について新しい見解を与えてくれる映画でした。

 

 

ここまで読んでくださってありがとうございます♪

ブログを読んでくれる皆さんが

いい一日を過ごせますように。

もし今日はそんなにいい一日を過ごせなくても、明日はいい一日になりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私なりの愚痴を聞く時のコツ

愚痴を言う人の話を聞いていると、

...きっとこの人はたくさん無理しているから、話を聞いてあげよう!...,

と、心の中で思って聞くのですが、

 

あとあと自分も影響されて愚痴を言ってしまうことがあります。不思議ですよね。

ミラー効果?なのかなあ。

 

 

 

愚痴を聞く時の方向性が二つあります。

1困っていることを解決のために聞くのか

2ただ愚痴を聞くのか

 

1の場合、解決できた時こちらもすっきりします。

 

2の場合、相手はすっきりして、何かしらの解決策を見つけることもあるかもしれません。

ただ、相手が長期的に解決できず仕方ない問題を抱えている場合、「頑張ってるね」の一言を言おうと思いました。

世の中に理不尽なことや耐えられないことはたくさんあって、皆それに目をつぶって頑張っているのかもしれません。

人生経験の一つとして、その人の苦労話を聞かせてもらったと思うことも、また自分の成長になります。

 

そして、話を聞いたあと、相手の問題に深入りしすぎないこと。

解決できないことはたくさんあるので、割り切って、私は私を生きていくことに全力投球する!

自分の能力の中で解決できるなら、解決するけれど、仕方のないことは割り切る!

 

 

人と自分の間に境界線を引くことで、自分に対して行動することができるのかなあと思います😊

 

今日も無理せず自分らしくいます♪

 

自分の道

昨日は、赤ちゃんや旦那さんに申し訳なさが募って、わーっと泣いてしまいました。

 

仕事もやらず、家事は洗濯と食器洗いのみ。

 

温泉に入り横になっていたら、夜旦那さんが帰ってきてたくさんお話してくれました。

 

「私は劣等感が強く、すぐなんでも謝るけれど、それは自分が自分の望むように生きていないからだと思う。」

 

と、話すと、

 

「そうだね。俺もそうで、30代くらいまでそれが続いて、30代から吹っ切れたんだよ。」

 

親の望むように。

パートナーの望むように。

 

そういうものから解き放たれて、自分を知って、自分の時間を過ごす。

 

私の挫折や闘病生活を、魅力になっていると捉えてくれる人にも出会います。

昔だったら、私は病気である自分を毎日責めていました。

今わかるのは、病気だろうとなかろうとあまり関係ない。病気自体はその人の本質ではないですし、病気の有無に関係なく、人間は内面を磨いたり、趣味を楽しんだり、人生を充実させることができます。

 

自分自身の道を生きていくこと。

 

私の今歩きたい目標は、

今は精神衛生のよい状態で仕事をして、様々な人と出会い、考えを知り、子育てを楽しめるよう穏やかな気持ちでいたいです。

 

たったそれだけのことなのですが、はっきりとこの道を自覚することで、満たされた気持ちになりました。

 

今、心が平穏で幸せです。

赤ちゃん無事に産まれてくれますように。

それが一番の願いです。

 

皆さんが穏やかに過ごせますように。

 

 

 

マタニティピンク

マタニティブルーどころか、マタニティピンク状態になってしまいました。

 

妊娠中のホルモンの変化で、恋をしたような状態になり、一緒にいる旦那さんの前で、いつも通り振る舞うのが恥ずかしくなってしまいました。

 

できたら冷静でいたいなあ〜と思うのですが、なんだかこんな大人になったのに、旦那さんに恋してドキドキしている自分が恥ずかしいです。

療養中の「気 血 水」

心が疲れてる時、身体が疲れてる時、よく聞く気と血と水

 

・呼吸による気の巡り

・血の巡り

・水の巡り

 

これを意識して改善するといいよ〜と、中医学韓医学アーユルヴェーダなどアジアの知識が教えてくれます。

 

少しずつ異なっている解釈もありますが

人間がイキイキと生きていくために

巡らせることが大切なのだと

闘病生活を振り返ってみても思います。

 

ひとつだけの意識ではうまくいかないのだな〜と考えさせられます。

 

療養中ベッドの上でできることとしては...

足首を回す

ふくらはぎやふともものマッサージをする

肩を回す

力を抜く

水を飲む(1日2リットルと言われるけれど、無理なく)

鼻の通りが悪くないか確認して、悪ければ鼻をかむ

 

そして

せっかくの療養なので、楽しみを見つけたり、できる範囲で勉強したり、YouTubeを見たり、

 

いつまで療養生活、特に寝たきりの生活は続くのだろうと、落ち込むこともあるかもしれないですが、きっと大丈夫だ〜って思いながら日々微笑んで過ごすのもいいかもしれないです♪

 

"陰性症状"とよく言われますが、

辛かったら眠って、後悔しないこと。

だるかったら、横になっても、座っても大丈夫。

 

色んな方のブログを見ていると、陰性症状は、きっと家族の理解を得られる方が難しいかもしれないです。

だから、理解されなくても、家族をできる限り責めない。

 

それはそれは、とても孤独な療養で、私もベッドで毎日のように布団をかぶって泣いていました。

 

皆さんも療養中理解されないことに苦しんでいたら、この経験は自分だけじゃないと考えてみてください。

 

大丈夫、大丈夫。

幻聴が酷いことをいってきても、

幻聴は幻に過ぎません。

私は私。

 

療養の中で得られるものがあったら

その点はどんどん自信にしましょう!

 

できるだけ平穏な療養生活になりますように。

統合失調症患者が妊娠を望んだ時の社会の在り方について

妊娠したことで、人生には幸せな瞬間があっていいのだと思うことができました。

 

病気で薬を飲んでいた頃は、子どもをもつことや育てることを諦めていました。

寛解してもなお、自分には症状がでてくるという観念が消えず、なかなか子どもを育てる勇気がありませんでした。

ある時、赤ちゃんが私の腕の中で眠ったことをきっかけに、当時の彼氏で今の旦那さんが、「はるかなら、ちゃんと子どもを育てられそうだ」と思ったよ。と、言ってくれ、そこで再発の可能性がでてくるかもしれないという観念から解放されました。

そう言われて、涙が出るほど嬉しかったのを、今でも覚えています。

 

 

 

 

私が子どもを持つことを長いこと諦めていたのは、統合失調症の患者に対する世間の声は依然として厳しいという現実があります。

 

ネットではよく精神疾患を持つ人を一括りにして、

"精神疾患があるのに子どもを持つなんて、症状が悪化した時のリスクを考えると、無責任だ"

と、書かれていることもあります。

昔お付き合いしていた方からも、

「若いうちに子どもが欲しいので、別れて欲しい」と、言われたことも覚えています。

 

これらの意見は、子どもを欲しい精神疾患の患者に対して本質的な解決へと導く意見ではなく、ただ単に精神疾患に対する印象や古い研究結果が生み出したものかもしれません。

 

精神疾患の患者にとって大切なのは、

子どもを持つことへの責任を問うて、持つか持たないかの2択にするのではなく、

・それぞれの患者の精神疾患の原因を根本的に見つめ直し、症状をコントロールする術を身につけること

・生活環境の改善

・薬の調整

・再発防止のための考え方を少しずつ知ること

・社会参加

なのではないかと、考えています。

 

これらは本当に治療の基本的なことかもしれません。

こういう基本的なことが大切であるからこそ、患者が治らないと感じたら積極的にセカンドオピニオンを受診した方が将来の可能性は広がりますし、患者側からの話を聞き、解決に努めてくれる病院やクリニックは多いに助けてくれるのではないかと思います。

社会全体で、そういう希望のある考えで、患者さんの生活を支えられたらいいですね。

 

寛解するという選択肢があるということを若い私は目指していたのに、現実感のない夢だと思っていました。

でも、きっと少しずつ少しずつ、自分を知るための時間を過ごせば、だんだんと希望が持てるのかもしれません。

 

人生は辛いのが当たり前。

と、思っていたのですが、

自分にもこんなに幸せな環境が与えられ、生きていて楽しい!

と思うことがあります。

 

もちろん、価値観や環境は変化していくものなので、その時々の辛さはあるでしょう。

 

それでも、自分が自分を大切にして生きれることに勝る幸せがあり、そんな時を過ごせたという充実感は、病気や薬の副作用を経験したからこそ得られたものだと今思います。

闘病はかなり辛く、若干のトラウマがありますが、そんな痛みがあることを心に留めて置くと、生きるための強さになりますね。

 

優しくいたいです。

優しいというのは、本当の意味で解決をもたらす思考のできる人間でいたいという意味です。

 

今困っている人たちが、寛解に向かって動けますように。願っています。

偶然の出会いのおかげ。

一歩間違えていたら、私は精神科に入院して、出てこられなかったかもしれない。

一歩間違えていたら、私は一生薬を飲んで、楽しく生きることを諦めていたかもしれない。

時代が遅かったり、早かったり、選んだ病院が違ったら、寛解には至らなかったかもしれない。

 

精神科に通院しながら考えていたのは、目の前の先生を笑わせようということでした。

薬をもらうことや症状を聞かれることは義務だと思っていたので、従順に従っていましたし、働くことを禁止されることにも従順でした。

 

禁止される期間が長くなるほどに、私の幻聴はひどくなっていきました。今思えば、人間が苦しい時幻聴は酷くなってしまう極限状態だったのかもしれません。

 

抜け出したいけれど、抜け出せない現実でした。

 

けれど、地元で新しいクリニックに行き始めてから、少しずつ意識が変化し、簡単なアルバイトを見つけ、自分が病気の人と気づかれない生活が始まりました。

 

不思議なことに、病気以外の自分を知ることができて、イキイキとし始めてから、どんどん幻聴はなくなっていきました。たまに空耳のような幻聴が多い時は本当に困りはてて、トイレで頓服を飲んだり、隠れて泣いたりしていました。人が怖くて、満員のバスに乗ることができず、遅れたことが何度もありました。

それでも、障害者雇用だったので、雇い続けてもらいました。

 

クリニックでも、私の生活を応援してくれました。

 

友人も、優しくありのままの私をみて、接してくれました。

 

寛解できたのは、時代のおかげ、優しい人たちに囲まれたおかげ、仕事のおかげ、家族のおかげ、たくさんの要因があると思います。

 

辛い期間のあとに待っていたのは、私の社会人経験の少なさとスキル不足でした。

今は少しずつ補うことに必死ですが、一歩ずつ一歩ずつ歩きましょう。

またいろんな人に出会えて、そして新たな段階に行ける気がします。

 

今なら、統合失調症ということに捉われなくてよかったのだと思えますが、当時は必死でもがいていました。

 

生きるのが楽しいって思える日が来るよ、と若く苦しんだ私に伝えたいです。

病気だと言われても、大丈夫!

病気の限界を解除して、進みなさい、と。

ネットの情報や世間の病気に対する意見や視線を気にしないで、ありのままの人でいなさい、と。

そして、もう心が疲れないように、社会のことや人間について、そして生きる喜びについて学びなさいと、今の自分にはそう言い聞かせます。